修論の代わりに退学届けを出そうと思ったらなんとか修了できた話

ただのゴミクズ修士生が鬱になって死にそうになって家族に救われて、最終的に教授と助手と専攻長の尽力により修了までこぎつけたというお話です。

あらまし

ぼくのスペック:

八王子にある理系大学で睡眠障害に悩まされて留年しつつもなんとか学部を5年で卒業をしました。

学部の卒論SSHのなんやらかんやらのセキュリティ関係をやっていたが、発表1週間前ぐらいにオープンソースとして同じような機能を積んだツールがリリースされて阿鼻叫喚をしながら無事に発表が済んだ。

学部時代に所属していた研究室のボスとわりと仲がよく、自分のスキルとして伸ばしたい方向性にあっていたので大学院も同じ研究室に進むことにした。ちなみにボスの専門分野は主にPKI関連。

だが、学部卒業式の一週間前ぐらいにボスから院生、及び院進学予定者に「SFCに引き抜きあったら行くわw」という衝撃的発言があり、恐る恐る「僕らもSFC行く感じですか?」と聞いたら「SFCで研究生を持たない」と言われ我々は所属研究室が無くなり中に浮く形になった。

卒業式の日に研究科長というか学部長の教授に聞いても「数日前に聞いて我々もびっくりしてるこれから教授会で色々決めるね」と言われて入学してから一週間ぐらいは所属研究室が無い立場があやふやな学内生となった。

何が起きたか

僕は元々コミュニケーションに対してはストレスを感じにくいタイプなのだが、新しい人間関係を作るのが苦手な典型的な陰キャオタク。新しい研究室が決まってもあまり僕からコミュニケーションを取ることもなく、研究室の機材や環境が酷すぎて自分の部屋のほうがマシということも相まって一人で黙々と作業を初めていた。

研究内容としては機械学習によるIPSの学習コストを下げる方法として類似環境における他人のデータをいい感じに使ったらある程度はコスト削減できんじゃね?みたいなことをやっていた。

セキュリティ系として紹介されて入った研究室のボスの専門は計算資源のモデル化による負荷処理計算とか純粋数学による新しい定理の発案などセキュリティとは無縁とは言わないまでもあまり関係が無かったで、研究生にやらせてその知識を吸収しているタイプだった。

さらに最近流行っているという理由で機械学習(AI)もやりたいということで僕のテーマはすんなり通るが教授がそもそも前提知識が無いので、研究内容や進捗を報告して改善案をもらうみたいなゼミではなく、自分の研究内容について噛み砕いて座学をおこなうみたいなゼミをやっていた。

はちゃめちゃ辛くなってゼミにも顔出さずにだんだん引きこもるようになって1年の後期は1月にある中間ポスター発表の数日前に1・2回行った程度である。

ほかの研究生も同じような研究内容をしておらず、知識の頼りどころがないのでどんどん辛くなり最終的に研究だけはなくゲームもやる気が起きず。ただ起きてご飯を食べて寝るだけみたいな生活を繰り返していた。

この頃から本当に自分のしたいことはこんなことなのかという葛藤が生まれて心を蝕んでいた。

案の定近くの心療内科に行ったら鬱と判定された。薬を処方されて飲んでいたが、あまり相性が良くなく副作用でかなり苦しんだ。

薬をコロコロかえたが、一日中動けなかったり躁鬱状態が続いたり日々生きるだけで精一杯だった。

そして1月1日の元旦に友人と近くの神社におみくじを引きに行って大吉を引いたのでるんるんで帰ってきたらPCのHDDが逝って数年がんばって作ったシステムと研究データが全部吹っ飛んだ。

頑張って復旧させたけどサルベージが不可で1から作り直すには修論提出には全く間に合いそうもなかった。そもそも研究結果としてあまりよくない数値が出ていたという点もある。

ただでさえ精神的に最悪な状態だったのにトドメの追い打ちをかけられて精神的に完全に参りってしまい、もう死ぬか辞めるかみたいな選択肢が頭のなかでぐるぐるしていた。

限界だったので近場に住んでいた兄にSOSを出した。兄はまず部屋に来いと言ってくれて数日兄の部屋でテレビを見ながらスロット(実機)を打って休養を行った。八王子にある心療内科総じてレビューが悪く兄の部屋から近く、評判がいい心療内科に通い少し落ち着いてところで親と兄と話し合い、退学をすることに決めた。

退学の理由として「大学院に行った理由は学部だけの知識量では物足りない」という前提条件で進学を行っていたので、最悪の場合自殺するかもしれない状況まで追い込まれて修士の学歴より心の健康を優先すべきという話になった。

その旨をボスに伝えたところ、ボスと助手から「よしけんくんなら一人でできると放置してたこちらも悪い。もう少し頑張ってみないか?」というお言葉を頂いた。

だが、提出期限が目の前に迫っていた。ボスが専攻長に掛け合って提出期限を少し伸ばしてもらい、研究テーマも研究室の持ちネタであった重複排除関連に変えた。

残り10日間で研究テーマの決定、システム構築、実験、評価、修論書き上げと人生で一番忙しい10日間を過ごした。多分10日間で睡眠時間20時間も無かったと思う。助手の人も研究室で寝泊まりしながら手伝ってくれた。

同時に実は講義の1単位が足りないということが発覚したが、専攻長から特別講義に出席すれば単位が出ると情報をいただきなんとかクリアーした。

研究の方向性も僕の勘違いがありつつ、うまい具合に転がって新規性が見つかり、いい感じに進んだ。

発表も提出も無事終わり、残すは今月末にある学会のみとなった。


以下に今回の件から学んだ教訓を書き記す。

研究がわからないやつは来るな

研究と開発

研究と勉強

これらは似ているようで違う

僕は知ることが大好きだ。知的欲求が満たされることが三大欲求より勝つことすらある。論文を読むの楽しすぎてお家デート中も彼女を放置して参考文献を読んでいたらフラれたこともあるぐらいだ。

研究の一環で過去の論文を漁るサーベイという作業があるんだが、一番楽しかった。知らないことがたくさん書いてあるので自分の分野じゃなくて他の分野の論文も色々読んだ。

だが、そこから新規性を出し研究することがとても苦手だった。勉学が好きでも研究は苦手だった。

そのことに気づいたのは大学院に入った後。かなりキツかった。

普遍化すると

「存在している」ものを「知る」のが勉強

「存在している」ものを「組み合わせる」のが開発

「存在していない」ものを「生み出す」のが研究

という感じではある。

大学院に行く価値を考えろ

"研究がしたい"

"院卒の学歴がほしい"

"社会に出たくない"

様々な理由で院進学した人がいるだろう。

少しでも院進学する気があるなら一度考え直してほしい。

本当に"それ"が必要なんだろうか。

研究は個人でもできる。社会に出て働いたほうが課題が見えてくることもあるだろう。どうしてもまとまった時間と個人で賄えないぐらいの資金が必要なら大学院という道も見えてくる。修士課程は大学からストレートで行く必要も無い。社会人期間の研究結果次第では修士過程を飛び越えて博士課程からも可能である。

院卒の学歴がほしいのはなぜか。院卒の学歴でしか入れない職業はごく一部だ。いまどきのIT企業、特にベンチャーあたりは学歴よりも技術やコミュニケーションスキルを見る。全体を見るなら職業経験を求めてくる企業のほうが多い。

社会に出たくない、モラトリアムを伸ばしたい。わかる。けど、同期と飲み会して周りは会社の話ばっかりしているのを聞いてるとなかなかに辛いものがあるぞ。

就職予備校的なモチベや思考で大学院に行くのは本当におすすめしない。大学院は学部時代に比べて自主性を重んじます。たぶん他の大学院でも同じです。ボスや助手の方々はあくまでお手伝いです。研究をするのは学生です。

「最近は院進学率高いから」という理由の人間は間違えなく途中でドロップアウトします。

ダメだったらダメって周りにアピールをしろ

これは大学院に限った話じゃないんだけど、ダメならダメで他人にダメとわかるようなアピールをしないと大変なことになる。

他人がリカバリーしようにも進捗が見えないと手を出せないし、そもそも進捗が著しく悪いことにすら気づけない。

手遅れになった状態で本人が使い物にならない状態というのは一番タチが悪い。

あと、本人がダメと思ってなくても実はダメダメということもあるので他人と共有するのは非常に大事。

さいご

まっとうに修士号取れたひとから見れば"カスやなこいつ"だとは思われると思うし、自分でもそう思う。

卒業式を迎えて未だに自分は本当に修士号にふさわしいのかと疑問に思うこともある。

修士号という学位には"がんばったから""大事なことを学んだ"みたいな綺麗事・感情的なものは考慮すべきではない。

一生この事を抱えながら過ごすのは気が重いが、2年間全く何もやっていなかったというわけではないので、そこにすがる形で逃げようと思う。

そんなこんなで4月から社会人。社会不適合者と自覚しているので何年持つかわからないけどやるだけやってみようと思います。